著者プロフィール紹介
インテグレーター(精神分析家)名 宣照真理(せんしょうまり)
1958(S.33)年 滋賀県大津市に生まれる。1994(H.06)年 自らの悩み(母娘問題)から精神分析治療を受けはじめ(下の娘が6歳の頃)、現在は、精神分析家として親御さんに不登校ひきこもりの息子(娘)への対応法を指導、精神分析治療を施す。
滋賀県大津市にてラカン精神科学研究所を主宰。
子育て相談室(旧名称 母親教室)開催。
精神分析家として独立開業10年目を迎え多忙な日々を送っている。
二女の母。上の娘は服飾関係の専門学校に学び、今年、下の娘は成人式を迎えた。
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はじめに (このサイトを作った経緯)
こんにちは、宣照真理です。
私の下の娘(Y恵)のことは、ラカン精神科学研究所ホームページの自分のことを振り返って<下の娘の話>の中で書きました。
今回、「不登校・ひきこもりに悩む方々へ」と題して、更に掘り下げて書いてみます。これは、精神分析家として、過去10年間、数十件の相談を受ける中、日々感じた事、自分の娘の不登校をふりかえって考えた事を「精神分析家からのメッセージ」として綴るものです。今この瞬間、不登校、ひきこもりに悩む本人、その親御さん、家族の方の問題解決への糸口になればと思います。
平成20年10月22日
続・下の娘の話
下の娘(Y恵)は、小学校5、6年頃あまり学校へ行かなかった。しかし「卒業式には出る」と本人が言い出席した。当時、私は精神分析治療を受けており、インテグレーター(精神分析家)を目指し分析理論の勉強もしていた。
Y恵が「明日は行くから今日は学校に行かない」と登校拒否を始めた時も、人ごとと思っていた事が遂に「うちの娘にも来たか」という気持ちでいた。

そして中学は、1年の2学期途中から3年生になるまでの1年半を不登校で過ごした。
当時、私は既に、分析家として仕事も始めていた。
そんな中での我が子の不登校。もちろん子どもへの対応法は知っている。オールOK。(詳しく知りたい方はオールOK子育て法のサイト参照)しかし、精神分析家としての仕事をしながら我が子が不登校とは… この頃の私は正直辛かった。子どものことで悩み、相談や分析に来るクライアントにオールOKの話をしながら、自分の子どもが不登校では、「何だ、人にはえらそうにオールOKで育てましょうと言いながら、自分も出来てないじゃないの。だから子どもが不登校なんでしょ」と言われるような気がした。私がクライアントの立場であれば、多分そう思うだろう。
不登校中の娘
娘は中2年生の1年間まるまる不登校した。その時の担任の先生に私は「Y恵が自分で動き出すまで待ちます」と言っていた。「娘の自我が脆弱な為に、学校に行けないのだ」と私は判断し、自宅で「オールOK」する事によって「娘の自我が形成されるのを待とう」と思った。先生は、それを理解され、それ以上、娘に何かをする事は無かった。
それでもY恵は先生が家に来たとわかると、奥の部屋の押入れに隠れた。私が「先生帰ったよ」と言うとゴソゴソ出てくる。普通に考えれば先生が家の中にまで入ってくる事は無いのに、不登校しているY恵に、「後ろめたさ」や「不登校を責められるのではないか」という想いがあったのだろう。
先ほども言ったように、Y恵に関わった先生方は中2の時の担任を含め暖かく見守ってくださった。わが子が不登校していると親も内心穏やかではない。オールOK対応法を知って理解している私も「いつまでこの状態が続くのか」「動き出した時にうまく対応ができるか」などの不安があった。
そんな中で学校の先生が色々な事を言ってくると、親も子どもも負担になる。学校からの電話やファックスがあるだけで子どもの負担になる事もある。そういったものから子どもを守ってやる事も大事である。電話やファックスの音がなる度にびくびくする子もいる。親御さんには子どもの様子をよくみてもらい、子どもが気にしているいるようなら学校から家への連絡は必要最低限にしてもらい、子どもにわからないようにする等の対策をとってもらう。そうして子どもが安心できる安全な環境の中でゆっくり休ませる。それが「学校に行かない(不登校している)あなたもOKです」というメッセージになる。
そう言えば、Y恵のクラスの同級生全員から手紙を貰った事がある。多分「早く学校に来てね。みんな待ってるよ」的な趣旨の内容を、担任の先生の指導で書かせたものだと思うが、それすら負担で、娘は読みもしなかった。不登校になる理由は様々で、親子の置かれた環境も様々。学校関係者には肌理細やかな対応をお願いしたいと思う。
また、身内にも不登校に関する無理解は存在している。我が家の場合は、母屋に住んでいる主人の両親がそれで、Y恵は母屋から家に来る時に通るガラス戸を開ける音に敏感に反応した。たとえ誰が通るともガラス戸の音がする度に家の奥の押入れに隠れる。その様はまるで「拾ってきた子猫」同様でした。一度、主人の両親から不登校を詰問されたらしく、それ以来、Y恵は「ジジババ大嫌い」で通している。
当時、自分の娘が不登校している大学教授の講演を聴いた記憶がある。講演中大学教授は「どうせ不登校・引きこもるなら、ゆっくり楽しく過ごせばよい。長い人生の中でゆっくり過ごせる時間はそうはないのだから」と話されていたのを覚えています。
その通り、学校に行っていないことに負い目を感じながら、また人の目を気にしながらではゆっくり楽しくは過ごせません。傷ついたり、自信がなかったりして動けなくなった心身を休めて充電しましょう。
親として オールOK の必要性
子どもが不登校をして喜ぶ親はいない。最初は「単なる怠けでは?」と思う。私も精神分析に触れていなければ、子どもが「学校を休む」といったら、無理にでも引きずって学校へ連れて行っただろう。体の病気・怪我は外から見てもわかりやすく、親や周りも受け入れられる。しかし、こと「心の問題」となると、親をはじめ他者には理解しがたい。その為、どう対処していいのかわからないのが一般的だろう。
親は、そのうちに子どもが学校へ行かず家に引きこもる状態を仕方なく受け入れるが、その原因を考える。「自分の対応のまずさがあったのではないか」と、どこかでは思いつつも、学校の先生や友達のせいにしたい。「もう少しうまくうちの子に関わってくれていたら、ここまでにはならなかったのではないか」などと。
私もそう思っていた。やはり自分が可愛いし、正当化したい。自分の非を認めることは自分の母親として、人としての資質が劣っている事になるような気もした。しかし、私は、「我が子の不登校を人のせいにしているうちは、真に自分とも子どもとも向き合えない」と思った。学校が友達がどうであれ、子どもがしっかり自分を持っていれば乗り越えられる事。子どもの中に傷つき易さを持った自我しか育てられなかったのは、母親である自分のせいだと覚悟を決めた。
私は、中学を不登校中の娘に「絶対に学校の事、勉強の事は言わない」と決めた。その言葉を出す事は、娘にすれば「学校へいけ」「勉強をしろ」と聞こえるかもしれないからだ。そのことに引け目を感じているのは娘自身である筈。その娘の全てを受け入れ、「学校に行かないあなたもOKです」と言い続けることが大事。それによって娘は自分を肯定できると思った。
不登校した子どもの将来
娘は、私の予想より早く、中3になる頃、「高校には行きたい。3年から学校に行く」と言い出した。「ただし1週間のうち3日しか行かないがそれでいいか」と言う。私はもちろん「いいよ」と答えた。1年半行けなかった子が、週3回いけたらたいしたものだと思った。
私の娘の場合、中学3年生から学校に復帰するとなった時、学校側から聞かれた。「2年生をまるまる休んでいるので、その分の勉強が抜けている。その為、2年生からやり直すか、それとも1学年下の知らない子たちとやるのが嫌だという事があれば、3年生から行く事も可能です、どちらにしますか」と。私立の中学校だとこうはいかないのだろうが、娘に聞いたところ、やはり「1年下の知らない子たちの中に入るのは嫌だ」という事で、そのまま3年生に上がる事にした。

私が心配したのは、中学2年間の1年半勉強していない事。特に数学や英語は積み重ねていくものだから、途中から授業を聞いてわかるのだろうか。また勉強がわからなくて、おもしろくなくて学校に行きたくないとならないだろうかと思った。しかしそんな心配はいらなかったようだ。それなりについていった。結果的に、中3は風邪で数日休んだ以外は全部行ってしまった。
もちろん誇れるほどの良い成績ではなかったが、定期試験も受けたのでオール1にはならず(不登校ではオール1になる)、私立の高校へ行けるようになったのである。
娘は、小学校時代から絵が好きで、よく「漫画家になりたい」と言っていた。その延長だろうか、高校も美術系を選択した。希望校の過去の受験問題を入手できたので、数学は娘と一緒に勉強した。因数分解、一次関数など、懐かしさも手伝って私でも解けたのを覚えている。過去3年分の問題を解いて、娘もそれなりに自信を持って受験に臨んだようである。成せばなる。やはりオールOKは凄いと実感した。
子どもの自我
子どもが学校で過ごす時に大切な事は「勉強」だけではない。大事なのはその子の「自我」がどれだけしっかりしているか。自我が脆弱であれば、他人の言動に簡単に傷ついてしまう。自分にとってマイナスなもの、嫌なものを跳ね除けられず、侵入されてしまい、ペシャンコになる。
我が師である惟能創理(大沢)氏は言う。
「学校へ行く、行かないなど、大した事ではない。学校に行かなければ、同世代の友達が少ない事と、修学旅行などの学校行事の写真がない事くらいだ」と。
友達はその後どうにでもなる。社会に出て行けば遅ればせながらでもつくれる。それより何より、健康な自己愛、自己肯定感、自信、誇り(プライド)があれば他人に自我を侵される事はない。娘は完全とまでは言わないが人の中に入っても自分を保てる自我を、1年半の不登校によるひきこもりの間に、私が「オールOK」する事により育てる事が出来たのだろう。
それが娘の「今こうして自分が動けるのは、じっと家にこもって充電していたからだ」と言う言葉と、手足を前に出し、コンセントの格好をした事で表現されたと思う。(ラカン精神科学研究所ホームページの自分の事を振り返って<下の娘の話>参照)
大人になった今、私も思うのだが、自らが学びたいと思ってする勉強は身につく。しかし目標や、やる気もなく、仕方なくやる勉強はあまり意味がない。小、中、高、大学と16年間学校に通い勉強した事がどれだけ自分の身になり、役に立っているだろうか。私の場合、それよりは、精神分析家を目指し、精神分析理論を学んだ時の充実感。そして、自分のためになった、役立ったという満足感を考えると、比べ物にならないほど、後者の勉強は大きな意味があった。
人間好きなものが見つかリ、やる気になれば、いくつからでもやれるという事を知った。子どもが、小学校や中学に行かないからと心配したり、あんなに不安になる事は無かったと今になれば思う。ただ渦中にいる時はそうは思えないで、苦しく辛く焦る。
自己の主体性の確立
少し前、娘がポツリと話し出した。・・・小学校の時、夏のある暑い日、体育の授業が運動場であった。
のどが渇き、水が飲みたくなった。周りの友達は運動場の近くにある水道の水を飲んだ。娘も飲もうとした。しかし、娘の班の班長が「勝手に水を飲んだら先生に怒られるから飲んだらダメ」と言った。娘は飲みたかったが、その言葉に従い飲まなかった。案の定、帰りの会の時、担任の先生が、今日の体育の授業中、勝手に水を飲んだ子どもたちを立たせて怒った。先生の許可無く水を飲んだ事を・・・。その後、同じ班の子が班長に、「あなたが水を飲む事を止めてくれたおかげで、先生に怒られずにすんだ、ありがとう」と言った。それを聞いた娘は、それはおかしいと思ったという。

私は、この娘の話を聞いたとき、娘はまともな感覚を持っていると思った。
のどが渇いて勝手に水を飲んだ事を怒る先生、怒られないように我慢し、「怒らずにすんでありがとう」という子ども、どちらも私から言えば病んでいる。この先生は子どもたちを管理したい・・もっと言えば支配したいのだろう。自分に断りも無く水を飲んだ事に怒りを感じたのではないか。そうでなければ何もわざわざ水を飲んだ子を立たせて怒る必要はない。「のどが渇くのはわかる、しかし生水を飲むのはよくないから外の水道水を飲むのは止めておこうね。その代わり各自水筒を日陰に置いて、飲みたい時に飲むようにしようか」などと、子どもたちに意見を聞き対策を考え話しあうなり「学校として考えるから」と言えばいい事である。
また、「怒られるから水を飲むな」と言った子、「怒られずにすんでありがとう」と言った子、この子たちは普段から親に怒られているのだろう。だから、もう怒られるのは懲り懲りと、自分が行動する事の基準を「人に怒られるか、怒られないか」にした。ここに基準をおくと物事の本質がずれる。自分のしたい事がわからなくなる。自分の主体性がなくなっていく。自分の主体性がなくなれば、他者が主体となり、自分は空っぽになり、その結果動けなくなる、そしてひきこもる。
言い返せず疲れていく
昔のことを思い出して悔しいと、Y恵が話し出したことがあった。
小学校5年生のとき、学校から宿泊研修に行って、ご飯を作ったときのこと。Y恵はご飯を炊く係りだったそうだ。男の子と二人でまきでご飯を炊いた。この男の子がえらそうなものの言い方をする子で、Y恵に「まきを取ってきて」と言った。Y恵はまきがどこにあるのかわからず、「どこ?」と聞くと、男の子は「あそこ」と言う。しかし「あそこ」と言われても、Y恵にはわからない。「あそこってどこ?」とまた聞くと、不機嫌な口調で「あそこや、あそこ、そんなんもわからへんのか」と言われる。Y恵はますますパニックになって、頭が真っ白になり、何も言えず固まってしまった。
さらに、ご飯を炊いている途中で、男の子が他の子のところに様子を見に行って、その場を離れた。一人残されたY恵が火を見ていたが、まきが燃え尽き、火が消えそうになったので、新しくまきを入れた。そこに戻ってきた男の子が、また「何で勝手にまきを入れたんや」と怒った。そのときもY恵は何も言えなかったと言う。
今なら言える、「そもそもなんでそんなにえらそうに言われなければならないのか」と。
「まきがどこにあるかわからないから聞いているんだから、もっと丁寧に教えれくれればいいだろう」と。
「火が消えそうだったから、、まきをいれたのがそんなに悪いこと?」
「そんなら途中で何処かへ行かずすっと火のそばに居ればいいやん」と。
「なんであの時言えなかったのかと思うと悔しい」、「私何か間違ってる?」と私に話す。
「いや、何も間違ってないよ」と私。
自我脆弱で、自分に自信もなく、言いたいことが言えない子は、学校に、友達の中に、外に出ると、こうして疲れてしまうのだということがよくわかる。不登校、ひきこもりになっていく子は、自分なりに必死で学校や社会に入ろう、馴染もうとするが上手くいかず、疲れ果ててしまう。人間関係を築くのが苦手で、友達が少ない。そのことがまた負い目となる。しっかりとした自我があれば跳ね除けられるが、自我脆弱であるため、他者から言われた言葉がその子を傷つける。ある不登校のクライアントは「学校に行くとつぶされる」と表現した。そういう子に、それでも学校や社会に行け、出ろというのはあまりのも残酷ではないか。
だからこそ、家庭であたたかく受け入れ、見守り、オールOKして、傷つき疲れた心を癒すことがまず大事となる。学校や仕事のことは一切言わず、言われた通り母は動き、要求に応え続ける。そうすることによって、自信と自己肯定感をもち、何を言われても自分はこうだと自己主張し、言い返せる自我もできる。
言えない、出せない、動けない
人は言いたいことが言えずに病んでいく。不登校やひきこもりの子たちもまた言いたいことが言えない。家族や友達やまわりの人に。
なぜそうなってしまったのか。その大元はどうしても母との関係に遡る。人は育ってくる中で、最初の対象である母と関わり、人間関係の基礎を学習する。このときの関わり方がその人のその後の人間関係を決定付けるといっても過言ではない。もちろんその後、父の存在も影響してくるが。
人が言いたいことを言えるのは、言った相手が自分の言うことを受け入れてくれるからだ。
特に小さい子にすれば、「ああそうだね」「それはいいね」と肯定されるから言いたいことが言える。それを、「だめだ」「わがままだ」「贅沢だ」と否定され、拒否されたら言えなくなる。そのうちに、どうせ言っても無駄だ、言っても仕方ないとあきらめていき黙る。このときこの子は、親や大人にとって扱いやすい、都合のいい子になる。と同時に、自分の主体性を放棄した。そういう子は、学校で友達や先生にも言いたいことが言えない。嫌なことをされても、「いやだ」と言えず、笑うしかないかもしれない。こういう子はいじめられるだろう。
言えないと同時に、こうして素直な自分の感情も出せなくなる。こうなるともう主体性はほぼなく、ついには動けなくなる。これが不登校、ひきこもりの状態である。自分のしたいことを、親の価値観にあわないと方向を変えさせられる。身体の欠点を親に指摘され、それ以後それが気になって仕方がない。失敗を責められる。威嚇や暴力で無理やり言うことを聞かされる。もともと適切に世話をされない、関心を向けられないだけでも、子どもの心は育たないが、様々なマイナス要因が加わる場合、さらに子どもの負担となる。
自信を持てずに傷ついた子どもたちが行き着く先は、もう何も言わないこと、何もしないことである。そうすれば、もう文句を言われることも、非難されることもない。何もしなければ失敗することもなく、失敗を責められることはない。あるひきこもりの青年に母親がオールOKの対応を始め、「何かして欲しいことはないか」と聞いた。彼は「未来が欲しい」と答えた。学校へ行く自信も、働く自信も待てなくなり、明るい自分の未来が欲しいということだろう。本来、自分の未来は自分で想い描き、自らの手で掴み取るもの。それを他者に依存しなければならないほど傷ついている。
親は子どもが自信を持ち、言いたいことを言えるようになり、人と関わり、社会参入できるようになるために、オールOKし育てなおすことである。親に何でも言えるようになり、感情や様々な行動(例えば、攻撃性の放出としてドラムを叩く)として出せるようになると動き出す。
通学している事の危うさ
母親教室(子育て相談室)で質問される事の中で、「自分は苦労してオールOKをしている。しかし周りの人たちはオールOKなどしていはいない。それでも普通に学校へ行っている。ならばオールOKする必要があるのか?」といわれる事がある。
私は答える、今の子どもの現象、つまり学校へ行っている、行っていないという事をみるのではない。学校に行っているから大丈夫、安心という事はない。学校に行っている子の中に本当は行きたくないが、親がうるさいから、休ませてくれないから、仕方なく行っている子がどれだけいるだろう。
現象としては学校に行っているが、その子がどんな気持ちで、どんな想いで行っているかが大事。嫌々無理をして学校に行っているなら、いつかその無理に耐えられなくなって何らかの現象が出る筈。それが不登校、ひきこもりという形か、非行か、体の病気か、神経症などの心の病気として出るかはわからない。それが後になればなるほど大変な事になる。それは、マイナスを積み重ねれば積み重ねる程に重症で、回復に時間も労力もかかる事になるからだ。
話をもとに戻すが、娘は学校生活を送る中で、自分自身で説明がつかない、何かおかしい、生き辛さを感じていた筈。こういった事が日々日常の中で積み重なり、疲れ、学校に行きたくなくなったのだろう。娘は、その辛さや感じた事を、母親である私に話せず、当時の私には残念ながら娘のサインを読み取る力もなかった。
高校選択(090703追記)
子どもにとって高校選択は自分の人生上、これからの生き方を問われる大事な岐路になる。小学校・中学校は義務教育で、公立の学校であれば何も考えなくても「みんなが行くから」という事で行ける。ところが、高校は本人の成績によって行ける高校が限られたりし、いやでも自分の進路について考えなければならない。不登校・ひきこもりで「分析治療」や「子育て相談室」に来られる中でも、「高校へは入ったが休みがちでこのままでは出席日数が足りなくなり、いずれ留年か退学かになる、どうしたらいいか?」という質問がよくある。
こういう時、私は、「その高校は子どもさん本人が選んだ学校ですか」と必ず聞く。すると、「いや親がいいと思って勧めました」とか、「私(親)が行かせたかった学校です」という答えが返ってくる。また「子どもと相談しながら決めました」という方もおられる。しかしこれもよくよく聞いていくと、子どもと話してはいるが、結局、子どもは自分の意見を言えず親の意向に沿ってしまっている。
子どもが本当に自分の意思で選んだ高校なら、朝、学校に行く時間になって自分で起きてこなかったり、親が起こしても起きないという事にはならない。もし自分で選んだが、行ってみた学校が自分に合わないと思ったなら、親に話して辞めてその先どうしたいかを子どもが話す筈である。つまりは、子どもが自分の意見をしっかり親に話せるか?それには親子の間に信頼関係が築けたか?子どもの自我がしっかり育っているか?が問題となる。
例えば、我が娘の場合、<上の娘H子>は、家から2時間以上かかる農業系の高校を選んだ。それにはもちろん何度も高校に足を運び見学に行き、体験入学にも行った。それに付き合い正直この遠い道のりを3年間通えるのか?と私は思った。それでも本人が行くというのだから、もしダメだった時はその時また考えればいいだろうと思った。当時主人の両親が自宅すぐ裏に住んでおり、姑はH子が普通課でない、しかも通学に2時間以上もかかる高校に行くと聞いて、私のいな時にH子に、「とても通えるとは思えない、辞めるように」と泣きついた。それでもH子の意思は固かった。毎朝5時に起きて6時には家を出ていった。冬はまだ外は真っ暗だった。それでもH子は毎日旅行気分で、車窓から見える景色を楽しんでいたという。H子は無事卒業、就職した。
<下の娘Y恵>は、中学を半分不登校で過ごし、中3になって登校し始め、どこの高校を選ぶかとなった時、「美術系の学校に行きたい」という事ははっきりしていた。その候補となる高校が三つほどあった。一緒に学校を見にいき体験入学に参加し、やはり自分で選んで決めた。高校に入ってから、担任の先生が気に入らない、辞めたい、高校を変わりたいと言った事があった。それにも付き合い、本を買ってきて編入できる高校はあるか探したりもしたが、Y恵の希望に叶うところはなかった。親ができる事は子どもの言う事をよく聞いて希望が叶うように動いてやる事。それでダメでも、自分が決めた事なら子どもは自分で責任をとる。なんだかんだと言いながらも、Y恵が言ったのは「自分で選んだ高校だから、誰のせいにもできない、文句は言えない」だった。結局、Y恵は無事、高校を卒業し「学校推薦」をもらって美術系の専門学校に進学した。
*この頁は090703に追記しました。
おわりに(エピローグ)

私と娘の会話。
娘が言う「学校を休む」と言った時、私に一度も「ダメ」といわれた事がなかったと。
私も娘に言う。「それは精神分析を知っていたから。知らなければ行きなさいと言ってたよ、きっと」と。
子どもにとって、「休む」と言って、否定されない事がどれだけ救いになるだろう。
子どもは子どもで、学校に行かない事に引け目や、申し訳なさを感じている。娘も、「明日は行くから、今日は休みたい・・と言った。でもその明日になってもやっぱり学校には行かない。それでもそれを咎められる事はなかった」と、今になって言う。
私はもう忘れてしまっていて「そういえばそうだったかなぁ」くらいにしか思い出せない。その当時、内心穏やかではなく「また休むのか」と思っただろうが、それを一度も口に出さずにいてよかったと今更ながら思う。
不登校や引きこもりで悩んでいる方々へ
私は過去10年に渡って、色々なケースの悩みの相談を受けてきました。
引きこもり・不登校につきましては
1、お母さんに精神分析を受けてもらって、子どもへの対応法を変える。
母が子どもの自我を育てる子育て方(オールOK)を行う。
2、不登校・引きこもりの本人(子ども)を精神分析する。
精神分析家が、子どもの自我を育てる。
3、「子育て相談室」で、日常子どもへのオールOKの対応法を質疑応答しながら学ぶ。
4、「分析理論講座」で理論を学び、子どもや自分を振り返り理解する。
いくつかの方法を組み合わされる場合もあります。
子どもが不登校・引きこもりをしている渦中は、親も子も大変で、その苦しさ、辛さは、私自身経験したのでよくわかります。
親は「みんなと同じように学校に行くなり、社会に出てくれれば安心だが、その道から外れると、もう修正がきかないのではないか、もしかするとこのまま一生子どもは、外に出ないのではないか」とマイナスのイメージが膨らみ、悲観的になる。
子どもも学校に行かない事で「負い目」や「自分の将来に不安」を抱えている。
この時、親が、子どもを理解し、援助者となり、オールOKする事で、脆弱な自我を育てなおせば、子どもは元気を取り戻し動き出す。これまでの脆弱な自我では人に少しでも嫌なことを言われると、傷つきぺちゃんこになってしまう。しかしオールOKで育てなおせば、しっかりとした自分を持ち、他人からの攻撃にも立ち向かえる。
子どもが精神分析治療を受け、分析家と信頼関係を築き、自己肯定感と自信を持ち、強固な自我が形成されて、子どもは動き出す。
行き詰っている方、子どもにどう接していいか分からない方、是非、ラカン精神科学研究所へご相談下さい。必ず道は開けます。
インテグレーター(精神分析家)名 宣照真理
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